調剤ベースアップ評価料によって薬剤師・事務員の採用・育成が変わる!
2026年度調剤報酬改定で新設された「調剤ベースアップ評価料」は、賃上げ財源の確保にとどまらず、「選ばれる薬局」へ転換するための重要な経営施策として注目されています。
人材確保が年々難しくなる中、給与水準や働きやすさへの投資は、採用力や定着率、さらには職員エンゲージメントにも直結します。調剤ベースアップ評価料は、薬局が「攻めの組織改革」へ踏み出すきっかけとなるでしょう。
この記事では、調剤ベースアップ評価料の仕組みを整理するとともに、薬剤師・薬局事務員の採用や育成、組織づくりにどのような変化をもたらすのかを詳しく解説します。
1. 【2026年改定】調剤ベースアップ評価料とは
1-1. 算定要件:薬剤師・事務員の賃上げが条件
1-2. 管理薬剤師・40代以上薬剤師は対象外
2. 賃金設計のポイントは「経営上リスクを抑えること」
2-1. 処方箋見込み数を80%に設定し、一時金で調整する
2-2. 実際の給付額は法定福利費を除いて計算可
2-3. 基本給ではなく「ベースアップ手当」として支給
2-4. 雇用計画に合わせてバッファーを用意
3. 賃上げ実施のシミュレーション
3-1. ①シミュレーション前提:人員体制と賃金
3-2. ②定期昇給金額を決定する
3-3. ③給付可能金額と余剰金を設定する
3-4. ④職員への給付額を決定する
3-5. ⑤「年収の壁」の確認と就業規則への記載
3-6. ⑥報告書の提出(8月)と一時金の支払い(3月)
4. 調剤ベースアップ評価料のよくある質問(Q&A)
4-1. 途中で薬剤師が40歳以上になったとき、手当の支給はどうする?
4-2. 勤務時間の短いスタッフには手当を支給しなくていい?
4-3. 対象職員が1名しかおらず経営リスクが心配。あえて算定しないデメリットは?
5. まとめ
1. 【2026年改定】調剤ベースアップ評価料とは
2026年度調剤報酬改定で新設された「調剤ベースアップ評価料」は、保険薬局に勤務する薬剤師や薬局事務員の賃上げを支援する制度です。人材不足が深刻化する中、薬局の給与水準を向上させ、人材確保における競争力を高めることを目的としています。
調剤ベースアップ評価料の届出を行った薬局に対し、処方箋1枚ごとに点数をつけることで、賃上げの原資を直接的に手当てします。
賃上げの目標値(2026・2027年度の各年)
- 薬剤師:+3.2%
- 薬局事務員:+5.7%
段階的に点数を引き上げることで中長期的な給与水準の底上げをめざしており、薬局には一時的な対応ではなく、持続可能な賃上げ体制の構築が求められています。
1-1. 算定要件:薬剤師・事務員の賃上げが条件
調剤ベースアップ評価料を算定するためには、届出や実績報告を行い、実際の賃金改善体制を整備する必要があります。
算定要件・施設基準
| 対象 | 40歳未満の薬剤師、事務員、その他薬局従事者 |
| 施設基準 | ・当該保険薬局に勤務する職員がいること。 ・対象職員の賃金の改善を実施するために、必要な体制が整備されていること。 |
| 必要な届出 | ・届出書(※賃金改善計画書は作成不要) ・賃金改善中間報告書(毎年8月提出) ・賃金改善実績報告書(算定年度の翌年8月提出) |
点数
処方箋の受付1回につき、以下を算定。
| 2026(令和8)年6月~ | 4点 (処方箋受付1回につき) |
| 2027(令和9)年6月~ | 8点 (所定点数の100分の200に相当する点数) |
調剤ベースアップ評価料で得た収入は、全額を対象者(40歳未満の薬剤師・事務員)に毎月支払う形で配分する必要があります。ただし、余剰金については、一時金として給付することが可能です。
注意点として、定期昇給分については、調剤ベースアップ評価料による賃上げとは別枠で管理しなくてはなりません。「ベースアップ評価料による賃上げ(手当)」と「定期昇給」を混同しないよう、賃金台帳や就業規則を整理しておくことが重要です。
1-2. 管理薬剤師・40代以上薬剤師は対象外
調剤ベースアップ評価料は、対象者の勤務形態(常勤・パート)を問いませんが、年齢や役職による限定があります。
| 〇 対象職員 | ✖ 対象外となる職員 |
| ・40歳未満の薬剤師 ・薬局事務員、その他薬局従事者 |
・40歳以上の薬剤師 ・管理薬剤師 ・本部職員、エリアマネージャーなど |
本部職員やエリアマネージャーなど、調剤業務に直接従事していない管理業務者は、調剤ベースアップ評価料の対象外です。たとえ30歳の薬剤師であっても、管理薬剤師の立場であれば、対象には含まれません。
2. 賃金設計のポイントは「経営上リスクを抑えること」
調剤ベースアップ評価料を活用した賃金設計では、将来的な人件費の固定化や処方箋枚数の変動に備え、経営上のリスクを抑えることがポイントです。
2-1. 処方箋見込み数を80%に設定し、一時金で調整する
処方箋枚数は月ごとに変動するため、満額で基本給のベースアップを行ってしまうと、枚数が減少した際に持ち出し(赤字)が発生するリスクがあります。
毎月の固定支給分は「処方箋見込み数の80%」を基準に算出し、残りの余剰金は後日「一時金」として支給することでリスクを回避するのが賢明です。
計算シミュレーション(月間処方箋 2,000回の薬局の場合)
①受付回数の見込み設定(80%)
2,000回×0.8=1,600回/月
②見込みベースの収入額
1,600回×40円(4点)=64,000円/月
③残り16,000円/月は、後日一時金として精算・支給。
2-2. 実際の給付額は法定福利費を除いて計算可
実際にスタッフへ配分する金額は、調剤報酬として入ってくる総額から、法定福利費(16.5%分)を差し引いて計算することができます。
「実際の給付総額」≒「ベースアップ評価料で入ってくる総額」÷1.165(法定福利費)
計算シミュレーション(月間処方箋 2,000回 の薬局の場合)
先ほどの見込みベースの収入額が64,000円/月
法定福利費(16.5%)を除いた毎月の固定配分額
64,000円÷1.165(法定福利費)≒54,936円/月 →この金額を対象職員へ毎月分配
出典:厚生労働省|「診療報酬の算定方法の一部改正に伴う実施上の留意事項について(通知)」 (令和8年3月5日保医発0305第6号)(0402訂正後)」
出典:厚生労働省|令和8年度診療報酬改定の概要【調剤】
2-3. 基本給ではなく「ベースアップ手当」として支給
調剤ベースアップ評価料は、将来的に減額・廃止される可能性があります。
一方で、日本の労働法では、一度引き上げた基本給を後から引き下げることは容易ではありません(不利益変更禁止の原則)。そのため、評価料を原資とした賃上げを基本給に反映すると、将来的に制度が変更された際に人件費負担が経営を圧迫するリスクがあります。
そこで、基本給を増額するのではなく、「ベースアップ手当」として支給することをおすすめします。手当として支給することで、制度変更時にも柔軟に対応しやすくなり、将来的な経営リスクを抑えることができます。
なお、手当として支給する場合は、後々の労務トラブルを防ぐため、以下の2点を就業規則(賃金規程)に明記しておくことが重要です。
①ベースアップ評価料が制度として廃止された場合は、ベースアップ手当も同時に廃止、もしくは支給しない。
②診療報酬(調剤ベースアップ評価料)の算定に応じて、ベースアップ手当の額を変動させる。
なお、就業規則の不利益変更や追加手続きに関しては、トラブルを防ぐためにも、事前に社会保険労務士や弁護士などの専門家に相談のうえ改定を進めることを推奨します。
2-4. 雇用計画に合わせてバッファーを用意
調剤ベースアップ評価料の算定期間中に、新たなスタッフ(40歳未満の薬剤師や事務員)を追加雇用する計画がある場合、現在のメンバーだけで原資を使い切ってしまうと、新入社員分の手当が不足してしまいます。
近い将来に採用予定がある場合は、その人員分をあらかじめ想定し、分配金の一部を「余剰金」としてプール(保留)しておくとよいでしょう。
3. 賃上げ実施のシミュレーション
調剤ベースアップ評価料を活用した、具体的な賃上げについて、A薬局(処方箋月1,000枚)のケースを見ていきましょう。
3-1. ①シミュレーション前提:人員体制と賃金
まずはベースアップ評価料の計算を行う前に、A薬局の現在の体制、今後の計画、および定期昇給前の給与状況を整理します。
処方箋受付枚数:1,000回/月
2026年度中にパート薬剤師を雇用予定
昇給は年1回(4月)
定期昇給前(3月時点)の職員体制と賃金および対象者は、以下の通りです。
| 管理薬剤師 | 30代薬剤師 パート |
事務員 常勤 |
事務員A パート |
事務員B パート |
|
| 月額賃金 | 420,000円 | 168,000円 | 208,000円 | 80,000円 | 76,800円 |
| 時間外手当 | 65,625円 | 26,250円 | 24,375円 | 9,375円 | 7,500円 |
| 賞与 | 3ヶ月分 | 1ヶ月分 | 3ヶ月分 | 1ヶ月分 | 1ヶ月分 |
| 年間給与総額(3月時点) | 7,087,500円 | 2,499,000円 | 3,412,500円 | 1,152,500円 | 1,088,400円 |
| 対象 | ✖ | 〇 | 〇 | 〇 | 〇 |
3-2. ②定期昇給金額を決定する
ベースアップ評価料による手当を上乗せする前に、まずは例年通りの「通常の定期昇給(4月実施)」を行い、基本となる給与ベースを確定させます。
| 管理薬剤師 | 30代薬剤師 パート |
事務員 常勤 |
事務員A パート |
事務員B パート |
|
| 定期昇給 | +10,000円 | +4,000円 | +5,000円 | +3,200円 | +3,200円 |
| 月額賃金 | 430,000円 | 172,000円 | 213,000円 | 83,200円 | 80,000円 |
| 賞与 | 3ヶ月分 | 1ヶ月分 | 3ヶ月分 | 1ヶ月分 | 1ヶ月分 |
| 年間給与総額(4月時点) | 7,256,250円 | 2,558,500円 | 3,494,531円 | 1,198,600円 | 1,133,750円 |
定期昇給後の年間給与総額の算出は、その後にベースアップ評価料による手当を加算した場合に、パート職員(特に事務員A・Bなど)が扶養から外れるリスクがないかを事前に検討するために重要です。
3-3. ③給付可能金額と余剰金を設定する
処方箋の月間受付枚数から、経営リスク(下振れ)を抑えるための「80%見込み」を適用し、法定福利費を差し引いた毎月の分配可能原資を算出します。
①受付回数の見込み設定(80%)
1,000回×0.8=800枚/月
②見込みベースの収入額
800回×40円(4点)=32,000円/月 (残り8,000円/月は余剰金)
③法定福利費(16.5%)を除いた毎月の固定配分額
32,000円÷1.165(法定福利費)≒27,468円/月
給付可能金額:27,468円/月
余剰金:8,000円/月
3-4. ④職員への給付額を決定する
賃上げの分配設計は、国の賃上げ目標(薬剤師+3.2%、事務員+5.7%)をめざします。
A薬局では、年度内に「パート薬剤師(週8時間)」を新規雇用の予定があるため、この枠をあらかじめ確保して、賃上げ額を考えます。
| 30代薬剤師 パート |
30代薬剤師 パート ※雇用予定 |
事務員 常勤 |
事務員A パート |
事務員B パート |
|
| 月額賃金 (3月時点) |
168,000円 | 64,000円 | 208,000円 | 80,000円 | 76,800円 |
| 賃上げ目標 薬剤師×3.2% 事務員×5.7% |
5,376円 | 2,048円 | 11,856円 | 4,560円 | 4,377円 |
ここで、「賃上げ目標の総額(28,218円/月)」に対して、「給付可能金額(27,468円/月)」が不足していることがわかります。
このような場合は、以下の「給付係数」を用いて按分(比例配分)しましょう。
給付係数
個人の給付金額≒(個人の賃上げ目標÷目標に必要な総額)×給付可能金額
この給付係数式を、それぞれに当てはめます。
| 30代薬剤師 パート |
30代薬剤師 パート ※雇用予定 |
事務員 常勤 |
事務員A パート |
事務員B パート |
|
| 賃上げ目標 | 5,376円 | 2,048円 | 11,856円 | 4,560円 | 4,377円 |
| 給付係数 | 5,376÷28,218 =0.191 |
0.073 | 0.420 | 0.162 | 0.155 |
| 給付金額 | 0.191×27,468 =5,233円 |
1,994円 | 11,541円 | 4,439円 | 4,261円 |
これで、それぞれの給付金額が決まりました。
週8時間のパート薬剤師の給付金額(1,994円/月)は、採用まで余剰金としてプールしておきます。
3-5. ⑤「年収の壁」の確認と就業規則への記載
定期昇給後の基本給に、今回決定した「ベースアップ手当」を上乗せした、最終的な見込み年収(年間給与総額)を確認します。
| 30代薬剤師 パート |
30代薬剤師 パート ※雇用予定 |
事務員 常勤 |
事務員A パート |
事務員B パート |
|
| 昇給・手当を含んだ月額賃金 | 204,108円 | 75,994円 | 249,502円 | 97,389円 | 92,074円 |
| 年間給与総額 | 2,621,298円 | 911,923円 | 3,618,023円 | 1,248,666円 | 1,181,685円 |
事務員Aの年収見込みが、130万円の壁にかなり近づいています。年収の壁の影響が出そうなスタッフには、以下の点を確認しておきましょう。
・本人へ事前にこのシミュレーション結果を提示し、合意を得る。
・シフトや残業時間を徹底的に管理し、年収の壁を超えないようにコントロールする。
状況によっては、正社員登用を望むスタッフが出てくるケースもあるでしょう。本人の希望やライフプランも踏まえながら、今後の働き方について十分に話し合うことが大切です。
問題がなければ手当額を確定し、就業規則(賃金規程)にベースアップ手当の条項を追記します。
3-6. ⑥報告書の提出(8月)と一時金の支払い(3月)
調剤ベースアップ評価料で得た原資は、全額をスタッフへ還元し、実績報告を行う義務があります。
プールしておいた「20%分の余剰金」や「未雇用期間のパート薬剤師分の原資」をそのまま残すと、返還を求められるリスクがあるため、年度末に「一時金」として全額を支給しましょう。
スケジュールとしては、以下のようになります。
・2026年8月:「賃金改善中間報告書」の提出
・2027年3月:プールしていた一時金の全額支給
・2027年8月:「賃金改善実績報告書」の提出(前年度分の精算報告)
不支給や返還リスクを防ぐためにも、調剤ベースアップ評価料の年間サイクルを計画に組み込んでおきましょう。
4. 調剤ベースアップ評価料のよくある質問(Q&A)
ここでは、調剤ベースアップ評価料でよくある質問をまとめました。ぜひ、参考にしてください。
4-1. 途中で薬剤師が40歳以上になったとき、手当の支給はどうする?
原則は「支給対象外」となりますが、モチベーション低下や労務トラブルを防ぐ設計が必要です。
制度上、40歳に達した薬剤師は評価料の分配対象から外れるため、手当の支給を終了(廃止)するのが原則的な対応です。しかし、40歳になったことを理由に手当を突然打ち切ると、実質的な給与減少となり、モチベーションの低下や離職、労務トラブルにつながる可能性があります。
そのため、それまで支給していた手当相当額を、薬局の独自原資を活用して、基本給や役職手当、管理職手当などへ段階的に組み替えていく給与設計が現実的です。
また、ベースアップ手当が評価料に基づく期間限定の手当であることや、支給対象外となった場合の取扱いについては、あらかじめ就業規則(賃金規程)に明記しておくことが重要です。
4-2. 勤務時間の短いスタッフには手当を支給しなくていい?
勤務時間に関わらず、一切支給しないのはNGです。
勤務時間が短くても、ベースアップ評価料の対象職種である以上、何らかの形で分配(賃上げ)を行う必要があります。
ただし、フルタイム職員と、全く同じ金額を支給する必要はありません。前述のシミュレーションのように、勤務時間や算定目標額に比例した「給付係数」を設定し、労働時間に応じた按分(傾斜配分)を行うのが最も合理的で、スタッフ間の不公平感をなくすことができます。
4-3. 対象職員が1名しかおらず経営リスクが心配。あえて算定しないデメリットは?
最大のデメリットは、中長期的な「人材採用・定着」の大幅な悪化です。
小規模な薬局ほど悩ましい問題ですが、現在は多くの薬局がこの評価料を取得し、基本給の底上げや手当の新設を進めています。自薬局だけが算定を見送った場合、以下のリスクを背負うことになります。
①現職スタッフの離職リスク
「近隣の薬局はベースアップ手当がつくのに、うちの薬局は出ない」といった不満が生じることで、待遇改善を求めて転職を検討するスタッフが出てくる可能性があります。
②求人市場での競争力低下
採用活動において、「ベースアップ評価料を算定し、賃上げを実施している薬局」であることは、求職者に対する大きなアピールポイントになります。反対に、算定していない薬局は給与面で見劣りしやすく、人材獲得競争で不利になる可能性があります。
調剤ベースアップ評価料の算定には事務的な負担も伴いますが、人材確保が経営課題となっている現在、その影響は決して小さくありません。算定によるメリットとデメリットを比較しながら、自薬局にとって最適な対応を検討してみてください。
5. まとめ
調剤ベースアップ評価料は、薬局の人材獲得の競争力を強化するための、重要な経営戦略です。就業規則に変動・廃止要件を明記したうえで、基本給ではなく「ベースアップ手当」として給付する体制を整備すると、経営リスクを低減することができます。
なお、行政への報告書の形式や算定要件は、今後の診療報酬改定の動向によって順次変更となる可能性があるため、常に最新の情報をキャッチアップしておきましょう。
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