調剤薬局の戦略的M&A急増の背景とメリット

近年、調剤薬局業界ではM&Aが急増しています。地域医療連携の強化やかかりつけ薬局機能の拡充など、戦略的な目的でM&Aが採用されています。大手だけでなく中小規模の薬局も積極的に参入しており、M&Aは経営改善や成長戦略の一手段として定着しつつあります。
この記事では、調剤薬局のM&Aについて、目的別に背景とメリットを整理し、売る側・買う側が考えるべきことを解説します。
1. 【目的別】調剤薬局の戦略的M&A
1-1. 地域医療連携の強化
1-2. かかりつけ薬局の推進
1-3. 個人薬局の買収
1-4. 医療モールの拡大
2. 売る側の薬局経営者が考えるべきこと
2-1. 売却の目的と条件を整理する
2-2. 自社の強み・弱みを明確化する
2-3. スタッフと患者さんからの理解を得る
3. 買う側の薬局経営が考えるべきこと
3-1. 買収の目的と戦略を明確化する
3-2. 中長期的な統合計画を組む
3-3. 買収店舗と関係のある医療機関や施設と関係を構築する
まとめ
1. 【目的別】調剤薬局の戦略的M&A
近年、調剤薬局業界ではM&Aが急増しており、2016年以降は公表ベースで年間20〜40件、非公表も含めると約1,000店舗で行われていると予測されています。
ドラッグストアや大手チェーンが、地域の調剤薬局を買収してシェアを拡大している一方、最近では中小規模の薬局が積極的にM&Aに乗り出すケースも少なくありません。M&Aは身近な経営戦略のひとつとして定着しつつあるといえます。
ここからは、調剤薬局のM&Aの背景とメリットを、目的別に見ていきます。
1-1. 地域医療連携の強化
地域包括ケアシステムの構築に伴い、薬局にも医療機関や介護施設との連携が求められています。単独の薬局ではカバーできるエリアや診療科が限られるため、M&Aによってネットワークを広げる動きが活発化しています。
複数の薬局を傘下に持つことで、在宅医療や24時間対応など地域包括ケアで必要とされるサービスを提供しやすくなり、医師や介護施設からの信頼獲得にもつながります。
売却側のメリット |
買収側のメリット |
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1-2. かかりつけ薬局の推進
かかりつけ薬剤師制度は、患者さん一人ひとりに対して継続的な服薬管理や健康相談を行うことを目的としています。かかりつけ機能を持つには、情報の一元的・継続的管理や、在宅医療や夜間対応といった機能が求められますが、単独の薬局では人員や体制面で対応が難しいケースも少なくありません。そこで、M&Aによって店舗規模や人材を確保し、かかりつけ薬局機能を強化する動きが広がっています。
売却側のメリット |
買収側のメリット |
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1-3. 個人薬局の買収
個人経営の薬局では、後継者不足が深刻化しています。帝国データバンクの調査(*1)によると、2024年の後継者不在率は52.1%です。薬局を含む医療業は61.8%と、業種中分類別で下位3位となっており、依然として厳しい状況にあります。
こうした中で、高齢の薬局経営者が引退を考える際に、第三者承継として大手チェーンや近隣薬局に事業を譲渡するケースが増えています。
売却側のメリット |
買収側のメリット |
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(*1)出典:株式会社帝国データバンク|全国「後継者不在率」動向調査(2024年)
1-4. 医療モールの拡大
都市部を中心に、医療モール(複数のクリニックと薬局を併設した施設)が増えています。2024年度調剤報酬改定の見直しにより、医療モール内の薬局が調剤基本料2の対象となる可能性がありますが、集客力の高さから、大手チェーンが積極的に買収によるシェア獲得に乗り出すケースも少なくありません。
売却側のメリット |
買収側のメリット |
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2. 売る側の薬局経営者が考えるべきこと
調剤薬局のM&Aにて売却を考える際は、スタッフや患者さんへの影響に最大限配慮しつつ、慎重に進めることが大切です。
2-1. 売却の目的と条件を整理する
M&Aで薬局を売却する際は、まず経営者自身が何を優先するのかを明確にしましょう。後継者不在の解決なのか、経営の安定性を求めるのかなど、目的によって適切な売却先が異なります。
条件面では、価格以外の要素も十分に検討しましょう。「スタッフの雇用を継続したい/給与を維持したい」「店舗ブランド(屋号)を存続させたい」など、非金銭的な要素も交渉材料となります。
目的と条件を整理しないまま売却を進めると、結果的にスタッフや患者さんの信頼を失い、地域での評判を落とすリスクもあります。経営者自身が目的と条件を整理することが、安心かつ成功する売却につながります。
2-2. 自社の強み・弱みを明確化する
M&Aで「選ばれる薬局」になるためには、薬局の強みを効果的に伝えることが大切です。薬局の強みとしては、たとえば以下のような点が大きなアピールポイントとなります。
- 立地条件:病院門前、医療モール内、住宅地立地など
- 医師との関係性:特定の診療科との結びつきが強い薬局は差別化ポイントになる
- 在宅医療の実績:地域包括ケアでの役割を提示できる
- スタッフの専門性・定着率:薬剤師が安定している薬局は評価が高い
一方で、売上の偏り、薬剤師不足、老朽化した設備といった、薬局の弱みも明確にしておく必要があります。強みと弱みを可視化することで、買収側もリスクを把握しやすくなり、交渉がスムーズに進みます。
2-3. スタッフと患者さんからの理解を得る
スタッフや患者さんには、事前にM&Aを行うことを説明し、譲渡後も安心して利用できる環境を整えておきます。早期から丁寧な説明を行い、雇用条件や店舗運営が大きく変わらないことを伝えましょう。また、地域にとっては薬局がなくなるわけではなく、より体制が強化されるという前向きなメッセージを発信することも、安心してもらえるポイントです。
従業員や患者の理解が得られなければ、買収成立後に離職や患者離れを招き、薬局の価値を下げてしまうリスクがあるので注意してください。
3. 買う側の薬局経営が考えるべきこと
薬局を買収し、店舗数を拡大したからといって、必ずしも経営がうまくいくとは限りません。M&Aを成功させるには、計画的な行動と細やかな配慮が必要です。
3-1. 買収の目的と戦略を明確化する
無計画に買収を繰り返すと、投資だけが嵩み、経営が悪化するリスクがあります。買収するタイミングを見極めるとともに、目的に応じた店舗を選定することが重要です。
たとえば、在宅医療やかかりつけ機能の推進が目的であれば、既存店舗との行き来がしやすい地域密着型の小規模薬局が買収の対象となるでしょう。収益基盤の安定が目的なら、医療モール型の薬局が候補として考えられます。中長期戦略と買収案件が合致するかどうかが、M&A成功の第一歩です。
3-2. 中長期的な統合計画を組む
薬局のM&Aは契約成立がゴールではなく、その後の統合作業(PMI:Post Merger Integration) が成否を左右します。統合が不十分だと、スタッフの離職や医療機関との関係悪化などが生じ、買収効果が失われる恐れがあります。
統合計画では、まず電子薬歴や在庫管理などのシステム統合を早期に進め、業務効率を確保します。次に、買収店舗のスタッフの役割を明確化し、研修制度を整えて、適切な人材配置と教育を行いましょう。地域のドラッグストアなど大手チェーンとの差別化を図ることもポイントです。
さらに、1年・3年・5年ごとの目標を設定し、段階的なロードマップを用意すれば、計画的な統合が進められます。適切なPMIを実行できれば、コスト削減やサービスの質向上、さらに患者さんや医療機関からの信頼獲得にもつながります。
3-3. 買収店舗と関係のある医療機関や施設と関係を構築する
特に在宅薬局を経営する上で、医師や介護施設、訪問看護ステーション等との信頼関係は不可欠です。この関係が途切れれば、処方箋枚数や在宅依頼の減少につながり、薬局の経営基盤そのものが揺らぎかねません。
買収前から、主要な医療機関・施設に対して、譲渡の背景や今後の運営方針を説明しておきましょう。新しい経営陣や管理薬剤師が直接訪問し、顔を合わせて挨拶することも大切です。さらに、情報共有を強化するための施策を取り入れるなど、積極的に関係を深めることで、以前より強固な信頼関係を構築できる可能性も高まります。
4. まとめ
従来、M&Aは大手チェーンやドラッグストアの事業拡大戦略として活用されることが多くありました。しかし近年では、中小規模の薬局でも戦略的にM&Aを活用するケースが増えています。売却側にとっても、M&Aは単なる「身売り」ではなく、患者さん・薬局経営者・薬局スタッフの三方にとってよりよい未来をつくる選択肢となっています。
調剤薬局のM&Aには、地域医療連携の強化、かかりつけ薬局の推進、個人薬局の買収、医療モールの拡大といった多様な目的があり、それぞれにメリットがあります。買収・売却にあたっては、目的を明確化したうえで計画的に進めることが大切です。
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